しゅくだいは?

おうちで練習してきてもいいし、練習してこなくてもどっちでも大丈夫。

むしろはじめの段階では親御さんに付き添って練習をしてもらわないほうが良い面があります。

私のレッスンでは「できる」「弾ける」ということよりも「わからない」「できない」ということを大切にしています。そして、まさにそれがレッスンの道しるべとなります。何ができていなくて、どこが難しくて、どこがわかりずらいのか。その等身大を把握することはレッスンでとても大切です。もしも練習するのであれば間違っていてもとりあえずは自由に弾いているのを見守っていただくほうが実は早道のように思います。

ある程度曲を弾けるようになってきて・・

発表会前や学校のピアノ伴奏オーディションあるいはコンクールといった差し迫って曲を仕上げて、クオリティを詰める必要性のある場合には集中的に練習をしなければいけません。でも、それは子供たちご本人の意志で挑戦しているのなら言われなくても練習をします。

こちらから義務で課題を言うことはありませんが、おうちで練習するのならこれを弾いてみて。というメニューをお渡しすることはありますし、提案はいたしますがやってもやらなくても気にしません。

今の課題がまったく弾けるようにならないのならば、基礎力の見直しをします。

聴音・視唱・楽譜を書くこと・初見演奏・音楽理論・手のフォームの研究・・

課題の曲を弾けるようになるという以外に、学ぶべきことはたくさんあります。

家で練習をしない場合、確かに進むペースが遅いですが、音符を読んで弾く「初見力」がついてくるとある時点からスラスラといろいろな楽譜を見ていろいろな曲を弾けるようになってきます。

たくさんおうちで練習をすると、指も動くようになり、難しいパッセージを弾けるようになり、弾けるようになる楽しさが増すということはありますが・・練習していないからダメということはありません。

それぞれのペースでそれぞれの自主性でもって音楽に取り組むことを大切に思っています。

とくに親御さんが、練習と成果を厳しく要求している場合・・上達するということはあるのですが。

同時にピアノをやめてしまう子も多い。あるいは劣等感や自信がなくなったり嫌になってしまう子が多い。​この数年のレッスンの中でそんな事実を目の当たりにしています。

「理想」通り弾けるようにさせようというスタイルの音楽教育は「理想」通りに弾く少数のエリートと大量の劣等生を生み出すという弊害が起こります。

「しゅくだい」をやってこないと罰を与える。これを弾けるようにならなかったら怒られるというのは「調教」であって、学びではありません。こんなレッスンの中から「芸術性」が育つとは到底思えない。音楽を奏でることは「曲芸」であってほしくないという気持ちを持っています。

理解できていないところを理解する。見えていないところに気が付く。機能していないところをほぐす。繋がっていないところを繋げていく。アンバランスをバランスさせていく。

レッスンとはこういったことの積み重ねで、練習も同じです。